銀行に欠けているのは、個人情報の有効利用です。何千万という口座数がありながら、預金者の購買動向や消費行動を把握できていません。分割払いでは、請求書や領収書が毎回送られてきますが、ダイレクトメール(DM)が同封されています。そのDMは利用者が購入した商品や年齢、性別などと関連付けられています。個品は支払い回数が多いので、そうした機会が多くなります。顧客とダイレクトに、しかも長期にわたって関係が持続します。銀行には他業禁止規定があるので、たとえば満期日の通知書の中にレストランのクーポン券などは入れられません。しかし、グループ内の信販を活用すれば、彼らが顧客を獲得して、振替口座を自行に指定することも可能でしょう。一方、消費者金融もメガバンクの一員になったため、信用保証や消費者ローンの与信業務などは彼らの得意分野だけに、事業の融合が進む可能性もあります。消費者金融のクレジットカード事業は歴史が浅く、お互いの長所を結び付けていくと思われます。そうしたノンバンク各社の舵取りをするのが、メガバンクの役割になっていきます。メガバンクグループのリテール戦略に欠かせない戦力であり、その活用次第でグループの力量に差がつくことでしょう。
八〇年代の初めには、ドルが主要通貨に対して大きく切り上がり、ドル高が続いた。このとき何人かの経済学者は、このドル高は長期的にみると行き過ぎであり、そのような行き過ぎが米国の国内産業の空洞化をもたらし、たとえ将来ドル高が修正されたとしても、国内空洞化を修正することは容易ではないと主張して、変動相場制に疑問を投げかけたことがあった。例えば、ドル高によっていったん壊滅してしまった米国の機械産業を、ドル安に戻ったからといって、立て直すには大きなコストがかかりすぎて、ドル高の時期に競争力をつけた他の国の機械産業に打ち勝つことはできないというのである。このように行き過ぎたドル高によって壊滅した産業が、ドル安に戻っても回復ができないという状況を、過去の状況が現在を規定するという意味で、履歴効果と呼んでいる。しかし、八〇年代半ばから最近(九五年)の趨勢的なドル安の中で、米国の産業は立ち直ってきている。したがって、八〇年代のドル高は深刻な履歴効果をもたらすほどのものではなかったといえよう。
運用資金が2倍になるのにかかる年月はかつて日本でも政策金利(公定歩合)が8〜9%という高金利時代がありました。9%をつけたのは1973年12月と、1980年3月のことでした。その前後には8%台だったことも何度かあります。1990年のバブル崩壊以前は、日本の政策金利は4〜6%が中心で、4%を割り込むと低金利、3%を割り込むと超低金利と呼ばれるのが一般的でした。逆に、6%を超えると高金利、8%を超えると超高金利と呼ばれています。資金を年率8%の定額貯金で運用すれば、資金は9年でほぼ2倍になり、10年で約2・16倍になります。年率9%の定額貯金で運用すれば、資金は8年でほぼ2倍になり、10年後には約2・37倍に増やすことができました。ところが、最近では日本の政策金利は0・10%と、これ以上引き下げようがないほど引き下げられています。米国の大恐慌の時(1930年代)でさえ、公定歩合は一番低い時に1%でしたので、日本の政策金利は、歴史(世界金融史)に残る異常な超低金利です。
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